🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

それから

それから君は、食べかけのソフトクリームをうっかり地面に落としてしまう。 白い塊だけが落下し、アスファルトに着地した途端、無様な花が咲いた。君は手元に残ったコーンをぐしゃりと潰し、近くのコンビニのゴミ箱に放り込んだ。ろくなことがないな、そう毒…

潮風の吹く街

「どげんしたら、こん街から出られるんじゃろ?」 高校からの帰り道。しーちゃんはぼくと肩を並べて歩いているとき、よくこの台詞を吐く。 「手に職をつければどこにでん行ける。しーちゃんは看護婦になっとじゃろ?」 「そうやけど。うち頭悪いから自信がな…

灯のあるところ

乾浩市は三輪自転車の速度を緩め、喫茶店の駐車場の脇に停まる。店内に入ると、目の前に雑誌が置いてある棚がある。適当に一冊を抜き取り、いつもの窓際の席に座る。「乾さん、こんにちは。ホットでいい?」見慣れた店員が声をかけてきたので頷く。キツネ顔…

飼育される女

あかん。飲み過ぎてもうた。何年かぶりに大学時代のサークル仲間と飲み耽った。立ち飲み居酒屋を何軒かハシゴしたあと、ショットバーで飲んだラム酒で完全にノックアウト。今のところ吐き気は催さない。皆と別れたあと、俺はフラフラとした足取りでタクシー…

黄色の家

恐る恐るアトリエの扉を開けると、作業台の上に乱雑に置かれた食材が目に入った。いちじくとパン、チーズとソーセージ、ふかしたジャガイモ。ワインボトルとグラスも何本か並んでいる。クロスの柄は、目が覚めるようなオレンジと白のギンガムチェックだ。部…

わたしの友達

帰宅して、制服姿のままベッドに寝転んだ。天井にある丸いシミを見つめながら、鞄を床に投げた。このまま夜まで寝たいな。そう思いながら枕に顔を埋めると、耳慣れた声が聞こえてきた。 「楓ちゃん、おかえりなさい。」 声の主は、ベッドの横にあるナイトス…

十歳の誕生日

うちには包丁が無い。 もしかしたらどこかにあるのかもしれないけれど、探したことはないし、ママが使っているところを見たことがない。うちにはハサミがあるから困ることはない。持ち手が大きい調理用ハサミで髪を切ったり、爪を切ることもできる。わたしは…

二度目のパリに行くとき

久屋大通公園の中央に位置するテレビ塔を見上げながら、僕は缶ビールを飲んでいる。 二年前にリニューアルされた公園は美しく整備され、テレビ塔周辺は芝生で覆われている。 夜の8時過ぎ。秋の澄んだ空気と虫の音に包まれて、気持ちがいい。四十近い男が、…

熱のない会話

緊張した面持ちで部屋に入ってきた女性を見て、あ、と声が出そうになった。先週立ち飲みバルで出会った子だ。確か、ミナミという名の。世間話程度の会話をしただけで、連絡先は交換していない。僕は、自分の顔を覆っている薄紫のヴェール越しで彼女と視線を…

ヒア•カムズ•ザ•サン

簡単な夕食を済ませ、食器を洗った後に白い錠剤を2つ口に入れる。 麦茶で流し込んだ後、ウォーキングシューズを履いて外に出た。 陽が落ちても日中の熱気がアスファルトに残っていて、足元からじんわりと熱が伝わる。 ぼくはスマートフォンに繋いだイヤフォ…

覗き見

閉館間際の温室は、あまり人がいない。 植物園内に古い温室がある。透明のガラスの壁で作られた温室に入ると、生ぬるい空気に包まれる。私はヤシの木やブーゲンビリアやサボテンやらをぼんやりと見渡しながら室内を散策する。ここの植物たちはいつも同じ表情…

初めてのデート

脂ぎったテーブルの上には何種類もの餃子が置かれている。シンプルな焼餃子以外に、水餃子、揚げ餃子、海老餃子、手羽先餃子が並ぶ。いっぺんに皿が置かれ、どこから手をつけていいのか分からない。 「さ、食べよ食べよ。熱いうちに。」 わたしの向かいに座…

灰色の空の下で

中学二年の二月。私は学校の教室の中で孤立していた。もともと内向的な私は一人で過ごすことが好きだったけれど、中学の教室内ではどこかのグループに入れないことは何よりも怖かった。いかに流行の話題についていけるか。それが自分のポジションを守るため…

甘い香り

毎晩、焼き芋を買いにくるおじさんがいる。 アタシが働いているコンビニに、決まった時間に来るおじさん。 時間は夜の11時過ぎくらい。そのおじさんはいつもスーツの上から紺色のダウンコートを羽織っていて、太っていて、髪は薄い。頬はいつも赤くて、少…

いずれ消えて無くなる僕らのナイフ

2063年という年がもうすぐ終わる。 僕は懐に入っている、黒光りするナイフを取り出して砥石で丁寧に研いだ。 鋭い刃を見ながら一年を振り返る。今年は、こいつの出番は無かったな。 今から40年以上前。僕が生まれる前の時代に遡る。 世界中で大流行した伝染…

恋の終わり

植物園内には緑が生い茂る山道がいくつかある。その中のひとつは樹木が鬱蒼と広がり、静寂に包まれているが、そこを登りきると急に空が開ける場所に出る。「お花畑」と呼ばれるその場所には小高い丘があり、四季折々の花が一面に広がっている。私は時々ここ…

封印された記憶

「どうして携帯を川に投げたの?」 彼女を抱きながら尋ねた。それは確かに僕の声なのに、なんだか他人の声のように聞こえた。 川面を叩く雨音が、沈黙の濃度を上げる。彼女の湿った吐息だけが耳に届く。 「…もう、必要なかったから。」 僕の首元で聞こえる声…

川底に沈む

僕の住むマンションは川沿いにある。それは、川、というより運河に近く、流れは少なくて水は常に澱んでいる。僕は昔から、川沿いに住むことに憧れていた。子どもの頃に見たトレンディドラマの場面のひとつに、主人公が自分のマンションのベランダで、川を眺…

夜の観覧車

プロの写真家を目指す弥生さんは、僕のアルバイト先の常連客だ。僕は学生で、夜は繁華街のビル内に設営されている観覧車の誘導役の仕事をしている。この時間はカップルがちらほらと来るだけで、とても楽な仕事だから気に入っている。初めて弥生さんに会った…

ハナミズキが咲く頃(エッセイ)

四月の後半から五月の中旬にかけて、私が通勤で歩く道沿いはハナミズキの花で彩られる。 ハナミズキは名古屋市昭和区の区花だ。街路樹として植えられたハナミズキは、丸みを帯びた白い花を咲かせる。その花弁の様子が、空に向けて羽根を広げるようにピンと張…

さくらさく

ふわふわと酔った足取りで家路を辿りながら、雨上がりの空気を吸う。もわっとした生暖かい空気は、土と雨の匂いを含んでいて春の夜気を感じさせる。私は、小さな児童公園の前を通り過ぎようとして、ふと足を止めた。園内の奥のほうに佇んでいる大きな木に目…

階段を駆ける

ぼくが通う学校と塾の間に、大きくて古いビルが建っている。そのビルの外壁は薄汚れた肌色で、不気味なひび割れが沢山走っている。学校から帰る途中、ぼくは周りに人がいないことを慎重に確かめながらビルの裏手に回り、重くて錆びついたドアをゆっくりと開…

ヤンソンさんの誘惑

賑やかな商店街の路地裏に入ると、古い雑居ビルが軒を連ねている。そのビルの中には、飲食店やアクセサリー雑貨、衣料品店がひしめき合っている。私は、ネオンが灯るビルの片隅にある、小さなビストロの扉を開けた。久しぶりに感じる赤やオレンジの淡い照明…

抱かれたエッフェル塔

古い雑居ビルの最上階に、オープンエアのカフェがひっそりと佇んでいる。寒い冬は、分厚いビニールが温室のように屋外のカフェスペースを囲う。カフェ内の石油ストーブの灯がビニールに反射して、空間はオレンジ色に染まっていた。カフェの隅のほうに、狭く…

雨が訪れる前

雨風が窓を叩く音で、眠りから覚めた。カーテンから弱い光が差し込んでいるから、夜明け頃だろうか。今日は土曜日だから、時間を気にせずに寝よう。私は寝がえりを打つ際、後頭部にズキズキとした痛みを感じた。ああ、またやってしまった。飲み過ぎは駄目だ…

金曜日のレインツリー

金曜日の「トナカイの家」は、いつもより賑やかだ。 ここは、昔ながらの商店街の一角にある酒場街。昭和感たっぷりのド派手な電飾で、「ボンボンセンター」と表記されているネオンをくぐると袋小路があり、小さな飲み屋が軒を連ねている。袋小路の一番奥にあ…

ひとつまみの塩

街路樹が、歩道に長い影を作る夕暮れ時。僕はセントラルパーク沿いにある白い外壁のビルの三階へ向かった。エレベーターを降りてすぐに右に曲がると、「喫茶それいゆ」の重厚な木の扉がある。ゆっくりと開けると、店内にお客はなく、店主の透子さんが一人、…

夜明け前

カーテンの隙間から光が差し込んでいる。僕は浅い眠りから覚め、光の筋をぼんやりと眺める。それが、朝の光なのか昼の光なのか分からないけれど、外から微かに鳥のさえずりが聞こえるから、きっと朝なのだろう。僕は再び眠ろうとしたが、尿意を我慢できなく…

太陽のステンドグラス

午後五時を過ぎると、西向きの窓から斜陽が入り、店内はややオレンジ色を帯びた色調になる。客席の小瓶に活けられたコスモスは、長い影をテーブルの上に落とす。私はこの時間の店の風景が好きだ。窓から見える欅は大きな葉を揺らせているが、初秋を過ぎた今…

ボンボンセンター(後編)

「昔、ここには『喫茶ボンボン』という喫茶店があってね。その店の名前をとって、この一角の商店をボンボンセンター、と名付けた。俺もよくボンボンでコーヒーを飲んでいたよ。サバランが美味しかったなぁ。」 「それでボンボンセンターなんですね。」 「喫…