🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

2019-01-01から1年間の記事一覧

雨が訪れる前

雨風が窓を叩く音で、眠りから覚めた。カーテンから弱い光が差し込んでいるから、夜明け頃だろうか。今日は土曜日だから、時間を気にせずに寝よう。私は寝がえりを打つ際、後頭部にズキズキとした痛みを感じた。ああ、またやってしまった。飲み過ぎは駄目だ…

金曜日のレインツリー

金曜日の「トナカイの家」は、いつもより賑やかだ。 ここは、昔ながらの商店街の一角にある酒場街。昭和感たっぷりのド派手な電飾で、「ボンボンセンター」と表記されているネオンをくぐると袋小路があり、小さな飲み屋が軒を連ねている。袋小路の一番奥にあ…

ひとつまみの塩

街路樹が、歩道に長い影を作る夕暮れ時。僕はセントラルパーク沿いにある白い外壁のビルの三階へ向かった。エレベーターを降りてすぐに右に曲がると、「喫茶それいゆ」の重厚な木の扉がある。ゆっくりと開けると、店内にお客はなく、店主の透子さんが一人、…

夜明け前

カーテンの隙間から光が差し込んでいる。僕は浅い眠りから覚め、光の筋をぼんやりと眺める。それが、朝の光なのか昼の光なのか分からないけれど、外から微かに鳥のさえずりが聞こえるから、きっと朝なのだろう。僕は再び眠ろうとしたが、尿意を我慢できなく…

太陽のステンドグラス

午後五時を過ぎると、西向きの窓から斜陽が入り、店内はややオレンジ色を帯びた色調になる。客席の小瓶に活けられたコスモスは、長い影をテーブルの上に落とす。私はこの時間の店の風景が好きだ。窓から見える欅は大きな葉を揺らせているが、初秋を過ぎた今…

ボンボンセンター(後編)

「昔、ここには『喫茶ボンボン』という喫茶店があってね。その店の名前をとって、この一角の商店をボンボンセンター、と名付けた。俺もよくボンボンでコーヒーを飲んでいたよ。サバランが美味しかったなぁ。」 「それでボンボンセンターなんですね。」 「喫…

ボンボンセンター(前編)

湿り気を帯びた空気が漂う、蒸し暑い夜だった。職場の部署内での送迎会が終わり、僕は二次会を断って早々と会場から一人離れた。何となく真っ直ぐ帰る気分になれなくて、最寄りの地下鉄の入り口を通り過ぎて、アーケードが連なる商店街を歩く。どの店もシャ…

歩道橋の上で

私は時々、意味も無く歩道橋に登る。歩道橋は街の至る所に在る。繁華街やビジネス街や、主要な幹線道路にまたがる歩道橋の上には人が行き交うが、何の変哲もない道路にポツンと建てられた歩道橋は利用する人がほとんど無く、存在すら忘れられているようだ。…

冷たい雨

僕が住む街には、日本でも有数の大きさを誇るモスクが建っている。モスクとは、イスラム教の寺院のことだ。それは白い外観で、礼拝の時間以外は誰でも自由に見学をすることが出来る。建物の中心に礼拝堂があり、そこの円形の天井には青や黄を主体としたタイ…

春の気配

うっすらと靄に包まれた遊歩道を歩く。夜半に降った雨の影響で、朝の新宿御苑の樹木は露に濡れ、強い土の香りが漂う。湿り気を帯びた空気は、草木が芽吹くような春の気配を運んできた。しっとりとした柔らかい土を踏みしめながら、私は杉が立ち並ぶ雑木林へ…