🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

2021-01-01から1年間の記事一覧

二度目のパリに行くとき

久屋大通公園の中央に位置するテレビ塔を見上げながら、僕は缶ビールを飲んでいる。 二年前にリニューアルされた公園は美しく整備され、テレビ塔周辺は芝生で覆われている。 夜の8時過ぎ。秋の澄んだ空気と虫の音に包まれて、気持ちがいい。四十近い男が、…

熱のない会話

緊張した面持ちで部屋に入ってきた女性を見て、あ、と声が出そうになった。先週立ち飲みバルで出会った子だ。確か、ミナミという名の。世間話程度の会話をしただけで、連絡先は交換していない。僕は、自分の顔を覆っている薄紫のヴェール越しで彼女と視線を…

ヒア•カムズ•ザ•サン

簡単な夕食を済ませ、食器を洗った後に白い錠剤を2つ口に入れる。 麦茶で流し込んだ後、ウォーキングシューズを履いて外に出た。 陽が落ちても日中の熱気がアスファルトに残っていて、足元からじんわりと熱が伝わる。 ぼくはスマートフォンに繋いだイヤフォ…

覗き見

閉館間際の温室は、あまり人がいない。 植物園内に古い温室がある。透明のガラスの壁で作られた温室に入ると、生ぬるい空気に包まれる。私はヤシの木やブーゲンビリアやサボテンやらをぼんやりと見渡しながら室内を散策する。ここの植物たちはいつも同じ表情…

初めてのデート

脂ぎったテーブルの上には何種類もの餃子が置かれている。シンプルな焼餃子以外に、水餃子、揚げ餃子、海老餃子、手羽先餃子が並ぶ。いっぺんに皿が置かれ、どこから手をつけていいのか分からない。 「さ、食べよ食べよ。熱いうちに。」 わたしの向かいに座…

灰色の空の下で

中学二年の二月。私は学校の教室の中で孤立していた。もともと内向的な私は一人で過ごすことが好きだったけれど、中学の教室内ではどこかのグループに入れないことは何よりも怖かった。いかに流行の話題についていけるか。それが自分のポジションを守るため…

甘い香り

毎晩、焼き芋を買いにくるおじさんがいる。 アタシが働いているコンビニに、決まった時間に来るおじさん。 時間は夜の11時過ぎくらい。そのおじさんはいつもスーツの上から紺色のダウンコートを羽織っていて、太っていて、髪は薄い。頬はいつも赤くて、少…

いずれ消えて無くなる僕らのナイフ

2063年という年がもうすぐ終わる。 僕は懐に入っている、黒光りするナイフを取り出して砥石で丁寧に研いだ。 鋭い刃を見ながら一年を振り返る。今年は、こいつの出番は無かったな。 今から40年以上前。僕が生まれる前の時代に遡る。 世界中で大流行した伝染…