脂ぎったテーブルの上には何種類もの餃子が置かれている。シンプルな焼餃子以外に、水餃子、揚げ餃子、海老餃子、手羽先餃子が並ぶ。いっぺんに皿が置かれ、どこから手をつけていいのか分からない。
「さ、食べよ食べよ。熱いうちに。」
わたしの向かいに座る深津くんはそう言って、焼餃子にたっぷりタレを付けて、丸ごと一個の餃子を一口に入れた
「熱っ。あー、うめぇー。やっぱここの餃子は最高だね。」
わたしも定番の焼餃子から口に含んだ。薄めの皮に、たっぷりのキャベツ。わたし好みの餃子だ。ここが最高の餃子かどうかは分からないけれど、深津くんに合わせて「美味しい」を連発した。
目の前の彼とは、今日初めて二人きりで食事をしている。
出会いは一週間前の合コン。男女4名ずつの小規模なコンパだった。たまたまわたしの隣に座ったのが深津くんで、なんとなく好きな食べ物の話で盛り上がった。
「わたし、餃子が好きなんですよ。」
「いいっすね、僕も餃子大好き。美味しい店知ってるんで、今度行きませんか?」
そんな会話の延長で、LINE交換をした。コンパの席での深津くんの印象はあまり残っていない。わたしより一歳年上の三十二歳。清掃道具を扱っている会社の営業マンで、やたらビールを飲み、喋り方が若い、というかノリが軽い。
コンパの翌日から、深津くんはマメにメールを送ってくれるようになった。
緩い性格かも、と思っていたが、意外と真面目な人なのかもしれない。
「おはよう」「いってきます」「ただいま」「おやすみ」などといった日常に根付いた台詞まで送られてきて、わたしも同様に返事をした
なんだかこれって……わたしに気があるのだろうか。
いや、そんな簡単に思い込んでは駄目だ、と言い聞かせつつ、深津くんとのやり取りを楽しんでいる自分がいた。やがて、「こないだ話していた、うまい餃子屋にいきましょうよ。」という内容のメールが送られてきて、今日に至る。
メールでは沢山の会話を交わしているのに、いざ面と向かって食事をすると緊張する。深津くんはそんな様子はなく、ハイペースで餃子を食べ、ビールを注文する。改めて深津くんの顔を見ると、切れ長の瞳はよく見ると奥二重。鼻が低くて、唇が薄すぎる気がするけれど、見方によってはそこそこイケメンの部類に入るかも。そんな風にちらちらと表情をみていた。
「小池さんて、料理とかするの?」
彼からのいきなりの質問に、わたしはたじろぐ。
「ううん、全然。最近はスーパーの惣菜ばっかり。」
ここで女子らしく「料理好きです」と言いたいところだが、そういうおべんちゃらを言うのが苦手だ。損な性格だとつくづく思う。
「そうなんだね。まあ、一人暮らしだと、なかなか料理ってしないよね。あ、でも僕たまに餃子作るよ。」
「え、餃子?すごい。」
「自分で言うのもなんだけど、うまいっすよ、僕の餃子。」
ここで、「深津くんの手作り餃子食べてみたい」と言えば、「あなたのお部屋に行ってみたい」という意味が含まれてしまい、そんな大胆な発言をするのは躊躇われた。わたしは数秒の間でぐるぐると頭を回転させ、「すごいですね、手作り餃子。器用ですね。」という、あまり実のない言葉を発した。
そんなわたしの逡巡に介することなく、深津くんは赤ら顔で餃子トークを続ける。
「僕、たまに餃子パーティするよ。パーティってほど大げさじゃないけど、ホットプレートで焼いて、みんなで食べるの。昼間からビール飲んで楽しいよ。」
「いいですね、餃子パーティ。楽しそう。」
おうむ返しのようにわたしは応えた。
「そうそう。こないだ知り合ったユリちゃん。あの子、来週の土曜日うちの餃子パーティ来るよ。餃子の皮包むの手伝ってくれるって。よかったら小池さんもどう?僕の友達も何人か来るから。」
あまりにもサラリと言われた台詞に、脳がフリーズする。ユリちゃん…?
こないだのコンパ。居酒屋の個室で一番端に座っていた、二十代半ばの子だ。物静かで、うんうん、とみんなの会話に頷いていただけ女の子。お酒が弱いからと言って、カルピスサワーを二杯ほど飲んでいただけだった。鮮明にその姿を思い出した。
そこからの深津くんとの会話はあまり覚えていない。
テーブルの上の料理がほとんど無くなり、「何が食べたい?」と深津くんに聞かれ、「にんにくの丸揚げ」と答えた。
「いいね、そういうの。女の子って、『にんにく好きだけど匂うし』とかよく言うじゃない。素直ににんにくの丸揚げを食べたいっていう小池さん、親しみ感じるよ、うん。」
わたしは湯気が出ている熱々のにんにくの薄皮を、丁寧に剥く。
「あ、美味いもつ鍋屋、知ってるよ。そこね、にんにくがどっさり入っているの。
ニラもキャベツもたっぷり。小池さん、絶対気に入ると思う。今度どう?」
わたしはにんにくを頬張りながら、ふんふんと頷く。
甘さがあるにんにくに塩をつけると旨味が増す。まるでお芋のようなほくほく感に舌鼓を打つ。今夜初めて、心から「美味しい」と思えるものを口にして肩の力が抜ける感覚を味わった。