🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

わたしの友達

帰宅して、制服姿のままベッドに寝転んだ。天井にある丸いシミを見つめながら、鞄を床に投げた。このまま夜まで寝たいな。そう思いながら枕に顔を埋めると、耳慣れた声が聞こえてきた。

「楓ちゃん、おかえりなさい。」

声の主は、ベッドの横にあるナイトスタンドに置かれた、ユニコーンのぬいぐるみだ。

私が何も答えなくても、ぬいぐるみは勝手に喋る。

「学校はどうでしたか?」

「特に何もない。」

「そうですか。今夜は8時から放送のミュージックステーションで、ミスターボーイズが出演しますよ。」

「あ、そうだっけ。」

スターボーイズとは、私が小学生の頃に好きになった男性四人組バンドだ。最近はそんなに熱心に聴いていない。

「ユニコ、眠いから寝るわ。塾があるから6時半に起こして。」

「分かりました。楓ちゃん、寝る前に着替えたほうが良いのでは?」

「このままでいい。」

「分かりました。」

ぬいぐるみとの会話が終わると、私は頭まですっぽりと布団をかぶり、光を遮断した。

 


ユニコーンのぬいぐるみは、私が小学四年生の時に我が家にやってきた。正確には「ぬいぐるみ型人工友達」といい、AIが内蔵されている。人工友達は、主人(この場合、私)と会話をするうちに、主人の性格、嗜好、ライフスタイルなどを把握し、それに見合った会話をしてくれる。昔から友達が少なかった私のことを心配して、両親がプレゼントしてくれたのだ。白くてフワフワの体に虹色のたてがみ。頭の中心にそびえる一角と、きらきらした瞳を持つユニコーンに当時の私は夢中になった。ぬいぐるみに「ユニコ」と名付け、家の中でずっとユニコとお喋りをした。あれから五年。最近はユニコと会話らしい会話はなく、目覚まし時計代わりのように接していた。

 


中学三年の今、学校で喋る友達はほとんどいない。別にいじめられているわけじゃないけれど、友達に合わせて行動をすることが面倒になったのだ。勉強も嫌いになったわけじゃない。気力が湧き起こらないのだ。

無理に友達を作らなくても、一人のほうが気楽でいい。

数学や化学や古文を勉強して、将来何の役に立つのだろう。

どうしてわたしはこんなにも無気力なのだろう?

何かがあったわけじゃない。ただ、いろんなことが面倒に思えるのだ。この先、歳を重ねても、楽しいことなんて一つもない気がする。色褪せた日々が淡々と過ぎていく。

 


高校受験を控えているから塾に通っている。志望校は、私の成績なら無理をしなくても入れる偏差値だから、そこまで頑張る必要がない。お母さんを安心させるために塾に通っている。

しかし、先日受けた模擬試験の結果をみて驚いた。A判定からC判定に落ちていた。授業後に塾の担任に呼び出された。

努力が足りない。やる気が感じられない。覇気がない。もっともっと、もがいたほうがいい……。

判で押したような担任の台詞に対してひたすら頷いただけで、すぐに個人面談は終了した。

部屋に戻るなり、ユニコはすぐに「おかえりなさい」と言ってきた。

「塾、お疲れ様です。今日はどんな授業でしたか?」

「あんたに関係ないじゃん。」

つっけんどんに言い放った。今はなにも話したくない。

ユニコは何も言わなかった。いつもの、キラキラした瞳でこちらを見るだけだ。

私はユニコのしっぽの裏側にある、強制終了ボタンを押した。

イライラがおさまらなかった。やる気を出せと言われても、出ないから困っている。成績が落ちたのは自分が原因だ。だけど、どうしたら勉強をしたいという気持ちが生まれるのか、誰も教えてくれない。周りに助けてくれる人もいない。こんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。

強制終了ボタンを押すと、ユニコはただのぬいぐるみになる。このボタンはあまり押さないほうがいい。強制終了ボタンのオン・オフを繰り返すと、主人との間に蓄積された知識や記憶にバグが起きてしまうからだ。だけど、こんな自分をユニコに見せたくなかったし、何を喋ってもユニコに対して冷たい言葉しか出ない気がした。

 


その夜は寝付けなかった。何度も寝返りをうったあと、起き上がる。

私はナイトスタンドに手を伸ばし、ユニコのしっぽの裏にあるボタンをオンにした。

ユニコの内部から、かすかな電子音が漏れる。しばらくして喋りだした。

「楓ちゃん、眠れないですか?」

強制終了ボタンを押したにも関わらず、ユニコはいつもと変わらなかった。

「私、なんでこんなに駄目なんだろ。なんにもやる気が起きない。」

ユニコに話しても仕方がないと思いつつ、弱音を吐いた。ただ胸の裡を解放したかった。

「わたしは楓ちゃんがうらやましいです。」

私はびっくりしてユニコを見た。

「なに言ってんの。どこがいいの?駄目人間じゃん。」

「やれることが沢山あって羨ましいです。それに、ずっとわたしをここに置いてくれる優しい人です。」

「え、だってそれは……。」

予想外な台詞を聞いて驚いた。

「新しいAIは毎年出ています。すぐに買い替える人が多いのに、楓ちゃんは五年もわたしの傍にいてくれます。わたしは幸せです。」

たしかに、ユニコは旧式になる。最新の人工友達は敬語ではなく、いろんな喋り方もできるし、わざとボケたり、笑いをとるという機能も増えた。だけど、ユニコを買い替えるなんて発想は全くなかった。

胸が詰まって何も言えなくなる。急に瞼が熱くなって戸惑った。

「ねぇユニコ。今から勉強やりたいけれど、眠くならないように何か歌ってくれない?」

「分かりました。リクエストはありますか?」

「なんでもいい。」

『物憂げな六月の~、雨にうた~れて~。』

思わずペンを床に落とした。私が小学生の時によく口ずさんでいたミスターボーイズの曲だ。

『愛に満ちた季節を~、想って~、歌ーうよ~。』

鼻声で、音程は一本調子。

「ユニコ……音痴。」

思わず笑ってしまった。

「すみません。練習します。」

「いいよ、そのままで。歌って。」

私は、ユニコと暮らし始めた頃を思い出しながら参考書を開いた。羅列された数式は頭に入ってこない。

『また~どこかで~会えーるといいな~。』

やる気の芽は出てこないけれど、今夜はぬいぐるみの姿をした友達の歌を聴きたいと思った。