🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

それから

 

それから君は、食べかけのソフトクリームをうっかり地面に落としてしまう。

白い塊だけが落下し、アスファルトに着地した途端、無様な花が咲いた。君は手元に残ったコーンをぐしゃりと潰し、近くのコンビニのゴミ箱に放り込んだ。ろくなことがないな、そう毒づきながらポケットからフリスクを取り出し、一粒口に入れる。それからあてもなく防波堤に沿って歩く。春の霞んだ空の下。トンビの間抜けな鳴き声を聞きながら、釣り人たちの背中を眺める。「甘鯛が釣れた!」若い女の嬌声が届いた。一緒に釣りをしている金髪の男に自慢しながら甘鯛を釣り糸から外す。今夜、二人は狭いアパートの台所で甘鯛やイワシやらを捌き、スーパーで買った唐揚げと柿の種を皿に盛って、ビールを飲むのだろう。しばらくして酔いが回り、後片付けをしないままベッドに寝転がってセックスをするのだ。自分が最後にセックスをしたのはいつだったろう。君は思い出そうとするが、分からなかった。それから君は民宿に入り、宿泊している部屋のドアを開ける。着替えを持って共同風呂へ向かい、熱いシャワーを浴びたあとにコーラを飲む。食堂へ行くと、オーナーが煙草を吸いながらナイター中継を見ていた。他には誰もいない。オーナーの奥さんが運んできた、あじの干物とタコとマグロの刺身ともずく酢を食べながら、君もテレビを見る。阪神が逆転ホームランを浴びせられたところだった。阪神は今日負けたら四連敗だ。それから自販機で缶ビールと缶チューハイを買い、部屋に戻る。畳の上で胡坐をかき、缶ビールを飲み干したあとに鞄からノートとボールペンを取り出す。何かを書こうと思うが、言葉が出てこない。「今度は海の近くに生まれたい」、そう一筆書いてチューハイを飲む。アルコールに弱い君は、胃の中にどろりとした鉛を流されたような倦怠感を抱くが、脳細胞は走り出す。それから立ち上がり、鞄から小瓶を取り出した。中には白い錠剤がぎっしり入っている。君は瓶のふたを開け、すべての錠剤を一気に口の中に入れ、チューハイで流し込んだ。

 


 朝一番の光が、部屋に差し込む。

カーテンを閉めていないから、白くて淡い光が部屋中を包む。海から届く汽笛が、眠たげな音で空気を震わした。畳の上で大の字になった君の指先が動き、こめかみが僅かに痙攣する。やがて重い瞼が開き、薄汚れた天井が視界に入る。駆け抜けた黒い虫は、フナムシか、ゴキブリか。カモメの鳴き声が聞こえる。トンビよりかわいいな、そう思った君の目から一筋の涙が流れた。それから、ひたすら流れる涙と鼻水をそのままにして、掌でグー、パーを繰り返した。それから……。