🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

ボンボンセンター(前編)

湿り気を帯びた空気が漂う、蒸し暑い夜だった。職場の部署内での送迎会が終わり、僕は二次会を断って早々と会場から一人離れた。何となく真っ直ぐ帰る気分になれなくて、最寄りの地下鉄の入り口を通り過ぎて、アーケードが連なる商店街を歩く。どの店もシャ…

歩道橋の上で

私は時々、意味も無く歩道橋に登る。歩道橋は街の至る所に在る。繁華街やビジネス街や、主要な幹線道路にまたがる歩道橋の上には人が行き交うが、何の変哲もない道路にポツンと建てられた歩道橋は利用する人がほとんど無く、存在すら忘れられているようだ。…

冷たい雨

僕が住む街には、日本でも有数の大きさを誇るモスクが建っている。モスクとは、イスラム教の寺院のことだ。それは白い外観で、礼拝の時間以外は誰でも自由に見学をすることが出来る。建物の中心に礼拝堂があり、そこの円形の天井には青や黄を主体としたタイ…

春の気配

うっすらと靄に包まれた遊歩道を歩く。夜半に降った雨の影響で、朝の新宿御苑の樹木は露に濡れ、強い土の香りが漂う。湿り気を帯びた空気は、草木が芽吹くような春の気配を運んできた。しっとりとした柔らかい土を踏みしめながら、私は杉が立ち並ぶ雑木林へ…

心音

新宿の高層ビルを見渡しながら、広い公園をあても無く散策する。新宿という地名がつくのに、ここは都会の喧騒が無く、野鳥の鳴き声や梢の揺れる音が耳に届く。なんだか、透明のフィルターに囲まれたような場所だ。僕は休みの日にここへ訪れることを習慣にし…

ノルウェイの森

その公園の中央に位置する噴水の周囲は、円形の広場になっていて、いくつかのベンチが等間隔に置かれている。夕闇に染まる空の下。僕はベンチに座り、ギターの弦に指を絡める。週に二、三日くらいの頻度で、誰に聴かせるわけでもなく、音を空に放つこの時間…

ポリネーター

自分で動くことの出来ない植物は、子孫を残す戦略として、「花」を利用する。花の色や形や香りが昆虫を誘い、花粉を付けさせ、他の植物へ受粉させるように巧妙に仕向けている。このような昆虫たちはポリネーター(Pollinator)と呼ばれる。送粉者、と訳され…

もうひとつの抽斗

夏海は、「地球の歩き方」を眺めることが好きだ。図書館で借りた「地球の歩き方」を何冊か机に置き、赴くままにページを捲りながら、あらゆる国の風景を想像することが、夏海にとって心が解放される時間だ。夏海と同じ十四歳の女の子が、中国やインドやオー…

チェリー一夜

赤、青、黄のスポットライトがステージを照らし、軽快なサウンドと、ボーカルのハスキーボイスが空間に響き渡る。あたしはチーズとクラッカーを頬張りながら、無意識のうちに肩を揺らせていた。セカンドボーカルを担う、若い娘のデュオが履く白いハイヒール…

花柄

深夜零時を過ぎた頃、僕はゆっくりとマンションの扉を開け、静かに靴を脱ぐ。忍び足でリビングへ向かい、ソファに視線を向けると寝息をたてる聡さんが横たわっていた。ナイトスタンドの微かな灯りが、聡さんの疲れた寝顔を照らす。聡さんの眠りを遮りたくな…

ミルキーウェイ

「千佳さん、香水つけてる?」 エステの最中、アキラは重たげな瞼をうっすら開けて、呟いた。「香水じゃなくて、ボディローションをつけてる。まだ、使い始めたばかり。」 「甘いミルクの香りがして、いつもの千佳さんと違う感じがする。」毎晩、シャワーを…

日曜日の食卓

手作りのトマトソースをぐつぐつと煮立てている鍋の中へ、表面だけ焼き目を付けた半生のハンバーグを入れる。ハンバーグに混ぜ込んだ玉ねぎのみじん切りは敢えて炒めず、シャキシャキ感を残した。隠し味の砂糖をひとつまみ、そして固形のコンソメスープを入…