🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

熱のない会話

緊張した面持ちで部屋に入ってきた女性を見て、あ、と声が出そうになった。先週立ち飲みバルで出会った子だ。確か、ミナミという名の。世間話程度の会話をしただけで、連絡先は交換していない。僕は、自分の顔を覆っている薄紫のヴェール越しで彼女と視線を交わす。多分、バレないだろう……。深呼吸をして、居住まいを正した。

「ようこそ。では早速始めましょうか。お悩みを教えてください。」

僕はいつも通りの会話を始めた。ミナミちゃんは伏し目がちに語りだす。

「あの……。わたし、作家を目指していて。十代の頃から作品を様々な出版社に応募しているんですけれど、一次選考にも通らなくて。三十過ぎてフリーターのままだし、そろそろ真剣に仕事を探すべきか、作家になる夢をあきらめずに持ち続けるべきか、分からなくて……。」

世間知らずで、重症の「夢見る夢子」だ。落ち着いた見た目とのギャップに驚く。

「分かりました。」僕は眉間に皺を寄せてタロットカードを混ぜる。目を閉じて三秒数えたあと、カードを半円状に並べた。一枚のカードだけを半円の内側に置く。そして、伏せた状態のカードを一枚ずつ表に向ける。

「内側に『女帝』が出ました。そして、半円の左端から、『愚者』『太陽』『月』が続いています。天界を見渡せる環境を、愚者が妨げています。これは、『束縛』を意味しています。自分の持ちうる才能を封じ込めている、という意味にも取れます。」

「封じ込める?」

「あなたは『小説創作の為に定職につけない』と思っています。その思い込みがあなたを縛り付け、才能を封じ込めているということです。」

僕は瞬きをせずにミナミちゃんを見つめた。

 


 タロットカードはただのポーズである。

僕は占いを信じていない。「コールドリーディング」を実践しているだけだ。Cold(準備なしに)、Reading(相手の心を読む)という話術は、相談者に予言を投げかけながら、「肯定させる」行為を繰り返す。また、「……しうる。」「……しなくもない。」といった、曖昧な話し方にコツがある。それに加えてタロットカードの絵柄に意味があるような話し方をすればいいのだ。大抵の人はこのやり方で信じ込む。僕はタロット占い師「紫音(しおん)」という肩書で生業を立てている。大きな瞳と長いまつ毛という顔立ちを活かし、化粧を施して紫色のヴェールを纏う。女性らしい雰囲気が「神秘的」と捉える人が多い。独学で身につけた話術とタロットを駆使して、運勢を占うというやり方で成功した。今では人気占い師として名を馳せ、「紫音の館」は常に予約が埋まる状態だ。詐欺師と言われる筋合いはない。「悩んでいる人の道しるべになる」ことが僕の仕事なのだ。

「あなたは正社員になって安定した仕事をしたほうが、より創作に集中できるかもしれません。脳は、仕事用、創作用と使い分けたほうが活性化しますから。」

「わたし、もう若くないしスキルもありません。雇ってくれる会社なんてあるんでしょうか?」

「何も動いていない状態で諦めていませんか?」

 最終的には人生相談になる。時計をみると既に終了時刻だ。

 


「紫音先生、ありがとうございます。」

ミナミちゃんは丁寧に頭を下げて部屋を出た。僕は笑顔で彼女を送り出したあと、溜息をついた。あぁ、疲れた。バルで見かけたときは、立ち飲みしながら読書をする姿から、個性が光る子だと想像した。だけど、中身はいたって凡庸。まあ、こんなもんか。僕は手鏡で自分の顔を見た。ヴェール越しから見ても、アイラインが滲んでパンダ目になっていることが分かる。体中が汗をかいていた。なに動揺しているんだか。飲み歩いたさきで、酔っぱらって知らない子に声をかけるのはもうやめよう。僕はポーチからあぶら取り紙を出し、念入りに鼻の周りを押さえた。