🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

飼育される女

あかん。飲み過ぎてもうた。何年かぶりに大学時代のサークル仲間と飲み耽った。立ち飲み居酒屋を何軒かハシゴしたあと、ショットバーで飲んだラム酒で完全にノックアウト。今のところ吐き気は催さない。皆と別れたあと、俺はフラフラとした足取りでタクシーを捕まえようとした。その前になんか甘いもん食いたいな。深酒した後はいつも甘味を欲してしまう。存在感のある腹を見ると自己嫌悪を抱くが、悪癖は治らない。どっかコンビニないんかな?お、あんなとこにマクドがある。マクドの熱々のアップルパイ。あれ、美味いよな。唐突にアップルパイの味が恋しくなり、マクドナルド天満橋店に入った。深夜一時のマクドナルドには、どことなく怠惰な雰囲気の客がまばらに座っている。肩を寄せ合ってスマホを見る若いカップル。居眠りをしている老人。赤ら顔のサラリーマン。ノートパソコンを覗き込む学生風の男。やたら前髪をいじるホスト風の男。皆、時間を気にする様子が無く、尻に根が生えたように居座っている。東南アジア系の顔立ちの女性店員が緩慢な動きで店内を掃き掃除していた。俺はホットコーヒーとアップルパイを二個購入した後、隅のほうのテーブル席に落ち着いた。朝は胃もたれかもしれへん。まあ、ええか。今日は休みだから、思う存分寝てやろう。アップルパイを夢中で頬張っている最中、どこかから異臭が漂ってきた。何日も洗っていない靴下のような悪臭。俺は周りを見渡す。自分の対面側のテーブルに、白髪交じりのボサボサの頭の女が席に着いた。ミニオンズのキャラがプリントされたオレンジ色のトレーナーに、ズボンは薄ピンク色のスウェット。上下とも薄汚れている。足元は健康サンダルに靴下という組み合わせだ。顔は浅黒く、小さな目と出っ歯が特徴の、老けたリスみたいな顔をしている。俺はその女をじろじろ見ないように意識した。しかし、女はマックシェイクをズルズルと派手な音を立てながら飲んだあとに立ち上がり、店内を徘徊し始めた。左手にスーパーのレジ袋を提げている。ノートパソコンを広げた学生の席の近くに寄ると、何かがレジ袋のなかに落下する音が聞こえた。女の後ろ姿しか見えず、何があったのか分からない。そこから移動し、今度はカップルのテーブルへ近づく。そこでも、バサバサとレジ袋が揺れる音がした。まさかな……。俺は、瞬時に予想したことが当たる事態を恐れた。居眠りをしていた老人は目を覚まし、テーブルの隅に紙ナプキンを広げている。その上にチキンナゲットを一つ乗せた。女が近寄る。その光景は俺の席からはっきりと見えた。女は老人のテーブルを通り過ぎる際に、右手でさっとチキンナゲットを紙ナプキンごと袋へ放り込んだ。嘘やろ。俺は絶句した。その後、サラリーマンの席からは、フライドポテト数本を容器ごと袋へ放り込む。誰も、一言も発さない。信じられないものを見たという表情のまま、俺は東南アジア系の店員と目が合った。彼女は、全てを容認して欲しい、と懇願するような視線を俺に送ってきた。俺は、店員の無言の欲求に焚きつけられたように、未開封のアップルパイを女が手に取りやすいようにテーブルの隅に置いた。鼻が捻じれそうな悪臭を放ちながら女がやってくる。

「アップルパイは好きやないねん。」

 低いしわがれ声だった。女の黄ばんだ出っ歯は欠けていた。俺に一瞥もくれずに通り過ぎる。

女は自分の席に着くと、レジ袋から餌を取り出す。誰かの食べかけのてりやきバーガーを咀嚼し始めた。俺は席を立ち、未開封のアップルパイをゴミ箱に捨て、店を出た。

 


 大通りに出て、タクシーと捕まえようとしても全く停まらない。「賃走」の文字を掲げたタクシーが、俺の姿など最初から無かったかのように何台も通り過ぎていく。一向に距離が縮まらない逃げ水のように、夜の淵に吸い込まれていくタクシーをあてもなく眺め続けた。