🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

2020-01-01から1年間の記事一覧

恋の終わり

植物園内には緑が生い茂る山道がいくつかある。その中のひとつは樹木が鬱蒼と広がり、静寂に包まれているが、そこを登りきると急に空が開ける場所に出る。「お花畑」と呼ばれるその場所には小高い丘があり、四季折々の花が一面に広がっている。私は時々ここ…

封印された記憶

「どうして携帯を川に投げたの?」 彼女を抱きながら尋ねた。それは確かに僕の声なのに、なんだか他人の声のように聞こえた。 川面を叩く雨音が、沈黙の濃度を上げる。彼女の湿った吐息だけが耳に届く。 「…もう、必要なかったから。」 僕の首元で聞こえる声…

川底に沈む

僕の住むマンションは川沿いにある。それは、川、というより運河に近く、流れは少なくて水は常に澱んでいる。僕は昔から、川沿いに住むことに憧れていた。子どもの頃に見たトレンディドラマの場面のひとつに、主人公が自分のマンションのベランダで、川を眺…

夜の観覧車

プロの写真家を目指す弥生さんは、僕のアルバイト先の常連客だ。僕は学生で、夜は繁華街のビル内に設営されている観覧車の誘導役の仕事をしている。この時間はカップルがちらほらと来るだけで、とても楽な仕事だから気に入っている。初めて弥生さんに会った…

ハナミズキが咲く頃(エッセイ)

四月の後半から五月の中旬にかけて、私が通勤で歩く道沿いはハナミズキの花で彩られる。 ハナミズキは名古屋市昭和区の区花だ。街路樹として植えられたハナミズキは、丸みを帯びた白い花を咲かせる。その花弁の様子が、空に向けて羽根を広げるようにピンと張…

さくらさく

ふわふわと酔った足取りで家路を辿りながら、雨上がりの空気を吸う。もわっとした生暖かい空気は、土と雨の匂いを含んでいて春の夜気を感じさせる。私は、小さな児童公園の前を通り過ぎようとして、ふと足を止めた。園内の奥のほうに佇んでいる大きな木に目…

階段を駆ける

ぼくが通う学校と塾の間に、大きくて古いビルが建っている。そのビルの外壁は薄汚れた肌色で、不気味なひび割れが沢山走っている。学校から帰る途中、ぼくは周りに人がいないことを慎重に確かめながらビルの裏手に回り、重くて錆びついたドアをゆっくりと開…

ヤンソンさんの誘惑

賑やかな商店街の路地裏に入ると、古い雑居ビルが軒を連ねている。そのビルの中には、飲食店やアクセサリー雑貨、衣料品店がひしめき合っている。私は、ネオンが灯るビルの片隅にある、小さなビストロの扉を開けた。久しぶりに感じる赤やオレンジの淡い照明…

抱かれたエッフェル塔

古い雑居ビルの最上階に、オープンエアのカフェがひっそりと佇んでいる。寒い冬は、分厚いビニールが温室のように屋外のカフェスペースを囲う。カフェ内の石油ストーブの灯がビニールに反射して、空間はオレンジ色に染まっていた。カフェの隅のほうに、狭く…