チェリー一夜

 赤、青、黄のスポットライトがステージを照らし、軽快なサウンドと、ボーカルのハスキーボイスが空間に響き渡る。あたしはチーズとクラッカーを頬張りながら、無意識のうちに肩を揺らせていた。セカンドボーカルを担う、若い娘のデュオが履く白いハイヒールと、赤と紺のストライプのワンピースが織りなす色彩が眼前に広がる。あたしはそれを眺めるだけで心地良く酔える。

 1960年代に流行ったアメリカンポップスとド派手な原色にまみれた世界。頭を空っぽにしてリズムに身を任せる時間は、四十年前の六本木まで、あたしを連れてってくれる。奥まった路地にある、細い階段を地下に向けて下り、重厚な木の扉を開けると、そこはアメリカに繋がっていた。バーカウンターで独りで飲む紳士、ダンスフロアで踊る外人達、肩を寄せながらカクテルを飲むカップルが、音の世界に浸っていた。夜が更けると、皆が踊り始め、空間に熱気がこもる。あたしは一回り年上の彼と一緒に、バーボンやスコッチを背伸びして飲んでいたっけ。店中に、アルコールとポップコーンの香りが充満し、皆がアメリカの音楽に夢中になっていた。派手な車も服もピンヒールも、夢の世界だったけれど、あたし達がどんどんそれに近づいているって思っていた。楽しいことが、もっと増える予感が止まなかった。

 バンドのファーストステージが終わり、客席から拍手が鳴る。拍手がまだらに響くのは、店内の半分以上が空席だからだ。乱れたリーゼントを気にしながら、リーダーのヒロシがあたしの席に寄った。
「律子さん、今日もありがと。毎日暑いけど元気?」
「足腰も弱ってるし、この暑さでバテバテよ。ここに来てエネルギーチャージしてるの。」
「毎週水曜日は律子さんが来てくれるから、俺もチャージ出来る。」
「上手いわね。みんなにそう言ってるでしょ?」
二人でいつも軽口を言いながら笑い合う、この時間も好きだ。あたしもヒロシも、中身は何も変わっていないけれど、顔に刻まれる皺は多くなった。あたしはデパ地下の惣菜売り場の仕事を終え、週に一度この店へ行く。デパートから歩いて十分もしないこの場所を、十年前、店の看板が目に留まり見つけた。「Oldies(オールディーズ)」。1950~60年代のアメリカンポップスの意味を持つその単語に引き寄せられた。外からは全く店内の様子が分からず、おそるおそる店の扉を開けたら、若い頃、あたしがこよなく愛した世界が広がっていた。毎日、デパ地下の喧騒の中で仕事をして、クタクタに疲れて帰宅して、独りで晩酌をして一日を終えていた。ずっと独りだから慣れているけれど、たまに現実から離れたくてこの店で飲む。

 バンドのセカンドステージが始まると、ボーカルの娘の一人が、赤いチェックのワンピースに、チェリーの形をしたイヤリングを付けて登場した。イヤリングにスパンコールが装飾されていて、キラキラと光を放つ。それを見ていたら、無性に甘いチェリーを食べたくなった。シロップ漬けされた、真っ赤なチェリーを。
「プリン・ア・ラ・モードちょうだい。」
思わず追加注文した。銀製の皿の上に置かれたプリンは硬めで、プリンの上に、生クリームと赤く着色されたチェリーがあしらわれている。昔の喫茶店にあったプリンだ。チェリーは、プリンの上部を赤く染めている。その実を口に入れて噛むと、強い甘さがぷちんと弾けるように広がった。生クリームとカラメルとチェリーの甘さが口の中で飽和する。あまりに懐かしい味に、切なさを感じた。ずっと変わらない音楽と味があたしを包んでくれた途端、重い腰がふっと浮いた。アバのダンシングクイーンが流れ、あたしはダンスフロアでステップを踏む始めると、六本木の夜が甦った。まだ踊れるんだ。あたしが踊り始めると、遠慮がちに他のお客も席を立った。皆が音に身を任せて、目を閉じながら自由に揺れている。何かの魔法にかけられたみたいだ。あたしは口の中に残るプリンの甘さを感じながら、ステージに立つ娘のイヤリングを目で追いかける。チェリーのキラキラが、ミラーボールに反射して、ステージに華を添える。