🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

灰色の空の下で

中学二年の二月。私は学校の教室の中で孤立していた。もともと内向的な私は一人で過ごすことが好きだったけれど、中学の教室内ではどこかのグループに入れないことは何よりも怖かった。いかに流行の話題についていけるか。それが自分のポジションを守るための手段だった。本来はあまり興味がないドラマやバラエティ番組を見たり、カラオケの誘いがあれば行き、苦手なマイクを握る。私は水面下でもがきながら、皆の輪の中に入っていると信じていた。

 


「あいつ、なんとなく痛いよね。」

リーダー格の女子生徒が、私に対してこんな風に思っていた。その感情を、他のクラスメイトに吹聴し始める。それは瞬く間に教室内に浸透し、‘無理をしてクラスメイトにまとわりつく’私は、疎むべき存在として扱われた。やがて、放課中も給食時間も、誰からも声をかけられずに一人で過ごすようになる。「仲間に入れてほしい」と、自ら声を発する勇気はなく、自分の存在を消したくて仕方なかった。何がそんなに駄目だったのだろう?自問しても分からない。あと一か月で春休みだから、それまでの辛抱だ。そう言い聞かせながら鉛のように重くなった足を引きずるように学校へ通った。

 


その頃、何故か私は頻繁に鼻血を出すようになった。心理的なストレスが影響していたのかどうか、分からない。授業中に出すこともあり、そんな日は丸めたティッシュを鼻に入れ、誰にもバレないように処置をした。しかし予想外の悲劇が訪れる。

ある日の授業中、鼻の中の血管が、プチン、と音をたてたかのように切れ、鼻血が噴き出した。ティッシュで拭えるよう量ではなかったから、ノートも教科書も、どんどん血で染まっていく。両目からは涙が溢れ出した。驚いた教師は慌てて私の腕を取り、保健室まで誘導してくれた。窓ガラス用の雑巾を顔に抑えながら教室を横切る私に対し、クラスメイト全員が奇異なものを見るような視線を送ってくる。保健室で処置を受けた後に母が迎えに来た。私はそのまま早退することになった。

母が運転する車の中で、私は言った。

「明日から学校に行きたくない。」

「分かった。そうしなさい。」

母は何も訊ねなかった。最近、私の様子がいつもと違うことに気づいていたかもしれない。母から過剰に詮索されないことに救われたけれど、その鷹揚さに不安になる。

翌日から、家の中で静かな生活が始まった。

 


「梅を見に行こう。」

不登校生活が一週間を過ぎた頃に、母からそう誘われた。

行先は近所にある、市営の農業センター。二月の終わり頃はまだ肌寒く、空は低い雲で覆われている。こんな気候で梅の花が咲くのかと、半信半疑で足を運んだ。センター内の小高い丘を登ると、白から深紅のグラデーションに染まった、梅の花の絨毯が広がっている。それは、桜に劣らないほど華やかな景色だった。毎年、桜の開花状況のニュースは耳にするけれど、梅の花に対して関心を寄せたことは無い。こんなに寒いのに花を開かせる梅の逞しさに、しばらく見惚れた。

「梅って綺麗よね。」

母が呟いた。

「こういう景色をみると、気持ちが洗われるでしょう。学校は楽しい場所じゃないけれど、外に出ればいくらでも美しいものに触れることができるの。」

母は真っ直ぐに梅園をみながら言った。冷たい北風が私たち親子の間を通り抜ける。しばらくの間、時間を忘れてその場所に佇んでいた。

その日の夜、明日から学校に行く、と母に伝えた。大丈夫?と尋ねられたけど、私は母の目を見ながら首を縦に振った。

 


一週間ぶりの学校はやはり息苦しく、私を取り巻く視線はもはや異物を見るようなものに変わってしまった。

「外に出れば、美しいものに触れることができる。」

私は、母の台詞を何度も思い返しながら学校で過ごした。

 


あれから二十年以上の歳月が経った今でも、二月の終わり頃になると農業センターの梅園を思い出す。梅の花言葉のひとつに、「忍耐」というものがある。まだ寒い時期に花開く姿から、この言葉がつけられたそうだ。二月の寒空の下。凛として咲く梅の花と、あの日の母の台詞は、躓いたり迷いながら生きる私を今も温かく包んでくれる。