🌟short story writing📚💻📝

気ままに短編小説を書いています。

歩道橋の上で

私は時々、意味も無く歩道橋に登る。歩道橋は街の至る所に在る。繁華街やビジネス街や、主要な幹線道路にまたがる歩道橋の上には人が行き交うが、何の変哲もない道路にポツンと建てられた歩道橋は利用する人がほとんど無く、存在すら忘れられているようだ。歩道橋の階段を登るくらいなら、多少歩いてでも横断歩道を利用したいという人が大半なのだろう。私は人気のない歩道橋に登り、そこから景色を見渡すことが好きだ。錆ついた階段を、大きな音をたてながら登る。そして通路の中央に立ち、視界を見渡すと、見慣れた景色が違う趣で見える。絶え間なく走る車や、道を歩む人々を上から眺めると、川の流れを見ているようだ。その川は様々な色や形を乗せて、変化に富んだ流れを見せる。そして、流れの中にいる人たちは誰も私の存在に気付いていない。なんだか自分が小さな神様になったようで、ちょっとだけ愉快な気持ちになる。

 


特に、日没前の時間に歩道橋に登ることが好きだ。空が夕闇に染まる頃。車のライトと、等間隔に並ぶ街灯が光りだすと、その明かりが淡いオレンジとブルーの空気に溶けて、幻想的な美しさになる。それは、川の流れの中で蛍が戯れているようで、ずっと眺めていたくなる。

 


ある夏の夜。私はほろ酔い気分で歩道橋を登った。階段を登り終え、通路を見渡すと、二人の男女が寄り添っていて、唇を重ねる瞬間に出会った。そのカップルと目が合い、私の脚が固まる。女性から唇を離した男性は、私に向けて悪戯っぽくウインクをした。それは、数メートルの距離があり、夜の濃さに包まれていても、はっきりと分かるくらい鮮明なウインクだった。そして、二人は躊躇うことなく、行為の続きをした。私は歩を進める。熱いくちづけを交わしているカップルの横を通り過ぎると、私の体の中で、醒めかけていた酔いが再び熱を帯び始めた。この場所では、こんなシーンに出会ってもいい。歩道橋に登ると、空に向けて気持ちが解放されるのだ。私は無性に甘いものが飲みたくなった。歩道橋の階段を下りてすぐ目の前にある自販機で、冷たいカフェオレを買う。甘ったるいコーヒーが、気持ちよく喉を潤す。いつか私も、大切な人と歩道橋の上から、煌めく川の流れを見ることができたらいいな。そんな甘い願いを抱きながら、夜道を歩いた。