ポリネーター

 自分で動くことの出来ない植物は、子孫を残す戦略として、「花」を利用する。花の色や形や香りが昆虫を誘い、花粉を付けさせ、他の植物へ受粉させるように巧妙に仕向けている。このような昆虫たちはポリネーター(Pollinator)と呼ばれる。送粉者、と訳されるそうだ。この事実を、植物園内の案内所に設置された説明文を読み、知った。自然界に咲く花が、人に癒しを与えるだけでなく、自身の繁殖の為の「手段」であることに驚いた。人間が、異性から関心を惹くために着飾る事と似ている。植物に意思があるという事実に、少し怖さを感じる。彼らに利用される昆虫たちは、ポリネーターという、まるでロボットみたいな名前を付けられて、花の魅惑に右往左往している。植物園内の花たちは、ある程度、人の手を介して育てられ、美しい姿を保っているかもしれない。それでも、植物の一つ一つが、根から栄養を吸い上げ、その体を張り、花を咲かせるというエネルギーは、「繁殖」という願望を背負っているからこそ、生れるのだ。

 広大な植物園内には、様々な庭園やお花畑が広がり、樹木が林立しているが、私は温室が一番好きだ。園内入ると、まず温室を目指す。温室の扉を開けると、湿気を含んだ空気と、いつもと変わらない姿の植物達が出迎えてくれて、ホッと息をつく。亜熱帯の植物達は、大らかに葉を広げ、沢山の酸素を送りだしているようだ。ここにもポリネーターはいるのだろうか。この密閉された空間では、生存競争も戦略も、必要としない場所だと想像してしまう。爛々と咲き乱れるブーゲンビリアや、大きな口を開けて鎮座しているウツボカズラを見ると、私の神経が弛緩されるような感覚が訪れるのだ。

 この世に生を受けた、あらゆる「いきもの」が様々な環境に身を置きながら、その場所に根を張り、自我を主張しながら、命を繋いでいる。ふと、自家発電という言葉が私の頭に浮かんだ。エネルギーを作り出す為には、ずっとずっと走り続けなきゃいけない。せわしなく飛び回るポリネーターだって、花粉を運びながら、花の甘い蜜を吸い、栄養を補給しているのだ。

  私は温室の中の、サボテン室に設置されたベンチに腰を下ろす。天井に届きそうな高さがあるサボテン達を見上げながら、私はぐんと両腕を伸ばした。サボテンは化石のように微動だにせず根を張っているけれど、いきものだ。乾いた空気と僅かな水分と日光だけで、生きている。それでも、自身の繁殖の為に、種を蒔きたいという意思があるのだろうか…。温室の天井は透明のガラスで出来ていて、そこから灰色の空が見えた。大粒の雨が天井を叩いている。秋雨前線の影響で、土はぬかるみ、外はじめじめとした重い空気が漂っている。この楽園に棲む植物達は、雨も雪も台風とも無縁だ。自然界のいきものが、快適な温度と湿度が保たれた場所にずっといることは難しいけれど、たまには自家発電を休む時間が持てればいいのに、と思う。

  私は温室の扉の外に置かれた、幾つかの鉢植えの植物に視線を送る。雨に打たれ、首をかしげた茎や、地面を向いたままの花が視界に入る。雨空の下に放置された植物たちは、太陽の光を浴びて、再び空に向けて顔を上げることが出来るのだろうか。心地よい楽園の空気の中で目を閉じても、萎れた花たちの姿が私の瞼の裏にずっと残った。