短編作「築地市場」

築地市場

大将がキハダマグロを出刃包丁で豪快に切り開く。マグロの血や小骨が私の顔に飛びかかるけど、もう慣れた。私は大将の隣りで業務用の大きなボウルに入った一升分の米を必死に研ぐ。全身の力をかけながら、わしっわしっとリズムを刻みながら米を押し回す。早朝の5時、競りが終わり、築地市場外に軒を並べる商店を営む人は、観光客が朝食を食べに来るまでの時間、その準備に追われる。ここ「黒潮食堂」も、名物のマグロ丼や海鮮丼の仕込みに息をつく暇が無い。米が研ぎ終わったら、解体されたマグロを水で洗い、粗の部分を細かく切り刻む作業を行う。大将が私の方を向き、真剣な眼差しで包丁を小刻みに叩くジェスチャーをする。大将の指示通り、これでもか、と思うくらいマグロを刻まないと柔らかな舌触りのネギトロにならない。額から流れる汗を首に巻いたタオルでぬぐいながら、夢中になって包丁を叩く。モーニングラッシュまであと2時間。流暢な日本語が聞き取れない私は、大将の表情や視線、体の動きを敏感に捉えて大将の補佐をする。
午前7時を過ぎると、観光客の姿が増える。半数以上が海外からの観光客だ。
早安!味道好的金魚大碗忽公祥?(おはようございます!美味しいマグロ丼はいかがですか?)」
同郷の人間は見てすぐに分かる。私は中国語で彼らに話しかけると、皆足を止めてこちらを見る。互いに言語が通じる安心感か、私の店は中国人が多い。どんぶりの上に大量に盛られたマグロの切り身を見ると、どの客も驚きと歓喜の表情を浮かべ、スマートフォンで何枚も写真を撮る。特に中国では生の魚を食べる習慣が無いから、刺身がふんだんに出てくる築地界隈は、歩いているだけでも刺激的だろう。私はこの街の匂いや風景はとても馴染みがある。私の故郷は上海のはずれの港町で、軒を並べる魚屋や飲み屋の間にはいつも人がごった返しだ。潮の香りと工場の油と魚の臭さ。これが混ざったような空気は、築地にも流れていて、それが私を安心させた。
2年前、初めて東京に来たときは好奇心より不安が大きく、眠れない夜が続いた。母子家庭で4人兄弟の一番上の私は、家を支える為にとにかくお金が必要だった。「日本にある『中国人パブ』で働けば、かなりの高給が手に入る。」この情報を頼りに、ブローカーに就労ビザを手配してもらい日本に来た。子供の頃から日本のアニメが大好きで、ドラゴンボールスラムダンクは漫画を繰り返し読むほどだ。それが興じて、片言の日本語は理解できる。たったそれだけの知識で日本へ渡った私は、大胆不敵というより、ただの世間知らずだった。
薄暗い照明の中で、スリップから露わになった太ももをお客に撫でられながら、上手く笑うことが出来ない。もともと手足が長い私は、ロングドレスを着ると見栄えがいい。片言の日本語しか喋れなくても、男性は嬉しそうに身を寄せ、体を触ってきた。簡単に辞めるわけにはいかない。私は幾つもの仮面を被り、ただ上海に住む家族のことだけを想って生きていた。帰宅して、狭い部屋で一人、涙が溢れてくる。いつまでこんな生活が続くのだろう。

休日の朝、早く目が覚めて何気なく散歩をしたくなった。夜型の生活をしていたせいか、朝の東京の風景は別世界に思える。行き先も考えずにメトロの改札口を通り、一番最初に来た電車に乗る。狭い箱の中に、ぎゅうぎゅうに人が押し詰められ、私は上海のバスのラッシュを思い出した。どこで降りよう?路線図を見ていると、「築地」という文字に目が留まった。その文字の下に(築地市場)と書かれていたからだ。市場。モノと人がひしめき合う場所。故郷と似た空気があるかもしれないと思い、導かれるように電車を降りた。
連なる商店の店先に、新鮮な魚介が並んでいる。豆電球の照明だけの店で、大きな声で客寄せをする店主達の迫力の凄さ。魚介以外に、果物や乾物、刃物、ザル、豆類、あらゆる雑多なものが、所狭しに置かれている。この空気。私は東京に来て初めて緊張の糸が解れたような感覚を味わった。やがて、大きなマグロの頭が店頭に飾られた、一軒の店が目に留まる。初老の男性が一人、真剣な表情で魚を裁いている。店先に、手書きで書かれた一枚の紙が貼ってあった。
『従業員急募。経験不問。外国人可。』

「あの、マグロ丼ください。」
私はその店の小さなテーブル席に座り、店主の様子を見つめた。日焼けした顔には深い皺が刻まれ、瞳はやや灰色がかっている。マグロの切れ身に鋭い刃を入れ、幅の均一な削ぎ切りにしていく。
「はい、お待たせ。」
太い腕を差し出す店主が微笑みながらマグロ丼をテーブルに置く。一口含むと、マグロの脂の甘みと、まろやかさが広がり、顔が綻ぶ。もう一口。熱々のご飯と醤油と、身の締まった赤身を噛みしめると、体中の血が通い、目頭が熱くなった。あまりの美味しさに、放心してしまう。生のマグロと白米。この組み合わせだけでこんなに美味しいなんて。その刺激が私の感情を揺さぶり、不意に涙が流れた。
「お姉さん、そんなに腹ぺこだったのかい?」
店主がニッと笑いながら、お茶を差し出してくれた。
「あの…」私に何かが憑依して、言葉を発したかもしれない。
「私、ここで働きたいです。中国人ですが、日本語、少し喋れます。」

黒潮食堂は、大将と奥さんが二人三脚で35年間店を回してきた。その奥さんが乳がんを患い、やむなく大将が一人で運営する為、従業員を急募していた。言語の壁が気になったが、その心配は必要なかった。食堂の仕事は言葉より動きで覚えることが多い。大将がジェスチャーを交えながら私に指示をする。パブを辞め、早朝の5時に出勤する生活。体を動かす生活は、寂しさや孤独を感じる隙を与えないから、以前より気持ちが落ち着いている。

モーニングラッシュが終わり、店のまかないを食べ、食堂の清掃をする。その後は明日の仕込みを手伝い、私の仕事は午後2時に終わる。空いた時間、築地市場外や築地本願寺を散策することが多い。あてもなくこの街の空気を吸うことが好きだ。午前と午後では築地は全く違う表情になる。午前中の賑やかさは去り、午後は地元の人が買い出しをしたり、商売人は仕込み作業をしたり、早々と店を閉めることもある。私は週に一度、自分へのご褒美で行く店がある。「吉野家」という牛丼屋だ。ここの牛肉とタマネギを甘辛く煮た味は、上海の屋台の揚げパン「油条(ヤウチュウ)」の具材と一緒で、私はこれが大好物だ。「吉野屋」へ行くと、築地で働く人たちが、皆、威勢良く牛丼を頬張り、そんな光景を眺めるのも好きだ。
「美雨(メイウイ)、ご飯少なめ、汁多めで良かったね?」
「はい!」
店員は私の好みを覚えてくれていて、いつしか名前で呼んでくれるようになった。
築地で働くようになってから、一度も泣いていないが無性に故郷に帰りたくなる瞬間がある。だけど、私はこの街で働く。東京という巨大な渦に飲まれる怖さは未だにある。その中で見つけた私の居場所。潮の匂いと喧噪にまみれながら、私は生きていく。