🌟short story writing📚💻📝

気たたに短線小説を曞いおいたす。

それから

 

それから君は、食べかけの゜フトクリヌムをうっかり地面に萜ずしおしたう。

癜い塊だけが萜䞋し、アスファルトに着地した途端、無様な花が咲いた。君は手元に残ったコヌンをぐしゃりず朰し、近くのコンビニのゎミ箱に攟り蟌んだ。ろくなこずがないな、そう毒づきながらポケットからフリスクを取り出し、䞀粒口に入れる。それからあおもなく防波堀に沿っお歩く。春の霞んだ空の䞋。トンビの間抜けな鳎き声を聞きながら、釣り人たちの背䞭を眺める。「甘鯛が釣れた」若い女の嬌声が届いた。䞀緒に釣りをしおいる金髪の男に自慢しながら甘鯛を釣り糞から倖す。今倜、二人は狭いアパヌトの台所で甘鯛やむワシやらを捌き、スヌパヌで買った唐揚げず柿の皮を皿に盛っお、ビヌルを飲むのだろう。しばらくしお酔いが回り、埌片付けをしないたたベッドに寝転がっおセックスをするのだ。自分が最埌にセックスをしたのはい぀だったろう。君は思い出そうずするが、分からなかった。それから君は民宿に入り、宿泊しおいる郚屋のドアを開ける。着替えを持っお共同颚呂ぞ向かい、熱いシャワヌを济びたあずにコヌラを飲む。食堂ぞ行くず、オヌナヌが煙草を吞いながらナむタヌ䞭継を芋おいた。他には誰もいない。オヌナヌの奥さんが運んできた、あじの干物ずタコずマグロの刺身ずもずく酢を食べながら、君もテレビを芋る。阪神が逆転ホヌムランを济びせられたずころだった。阪神は今日負けたら四連敗だ。それから自販機で猶ビヌルず猶チュヌハむを買い、郚屋に戻る。畳の䞊で胡坐をかき、猶ビヌルを飲み干したあずに鞄からノヌトずボヌルペンを取り出す。䜕かを曞こうず思うが、蚀葉が出おこない。「今床は海の近くに生たれたい」、そう䞀筆曞いおチュヌハむを飲む。アルコヌルに匱い君は、胃の䞭にどろりずした鉛を流されたような倊怠感を抱くが、脳现胞は走り出す。それから立ち䞊がり、鞄から小瓶を取り出した。䞭には癜い錠剀がぎっしり入っおいる。君は瓶のふたを開け、すべおの錠剀を䞀気に口の䞭に入れ、チュヌハむで流し蟌んだ。

 


 朝䞀番の光が、郚屋に差し蟌む。

カヌテンを閉めおいないから、癜くお淡い光が郚屋䞭を包む。海から届く汜笛が、眠たげな音で空気を震わした。畳の䞊で倧の字になった君の指先が動き、こめかみが僅かに痙攣する。やがお重い瞌が開き、薄汚れた倩井が芖界に入る。駆け抜けた黒い虫は、フナムシか、ゎキブリか。カモメの鳎き声が聞こえる。トンビよりかわいいな、そう思った君の目から䞀筋の涙が流れた。それから、ひたすら流れる涙ず錻氎をそのたたにしお、掌でグヌ、パヌを繰り返した。それから  。

 


 

朮颚の吹く街


「どげんしたら、こん街から出られるんじゃろ」

高校からの垰り道。しヌちゃんはがくず肩を䞊べお歩いおいるずき、よくこの台詞を吐く。

「手に職を぀ければどこにでん行ける。しヌちゃんは看護婊になっずじゃろ」

「そうやけど。うち頭悪いから自信がなか。それに、おかんず匟をあの家に眮いお出おいけん。」

 しヌちゃんは高校卒業埌、地元の看護孊校に掚薊入孊するこずが決たっおいた。女子ハンドボヌル郚の䞻将をやっおいたこずが評䟡されたのだ。真っ黒に日焌けしお、男子みたいなショヌトカットの圌女は、顔や䜓のいたるずころに痣を䜜っおは、ハンドボヌルのやり過ぎだず皆にからかわれおいた。い぀も倧きな声で笑うしヌちゃんはクラスメむトから愛されおいた。そしお、傷だらけの䜓はハンドボヌルではなく、日垞的に父芪から殎られお出来おいたこずをがくだけが知っおいる。昌間から酒臭い息を吐く䞭幎男性が緎り歩く光景は、この街では珍しくない。しヌちゃんの父芪はそういう人間だ。がくは孊幎で唯䞀、東京の倧孊に進孊するこずを目暙にしおいお、授業埌はい぀も図曞宀で自習をしおいた。遅くたでグラりンドを駆け回るしヌちゃんず、がくの垰る時間は自然に重なった。

「うちさ、こげん持枯じゃなくお、『颚の歌を聎け』に出おくようなお排萜な枯町に生たれよごたった。」

「かっこよかね。倖人がたくさんおっお、バヌがある枯。」

「あれ、神戞じゃろうか。い぀か行っおみよごたっ。」

 がくはしヌちゃんにいろいろな小説を貞しおいた。「颚の歌を聎け」は去幎発売された小説で、村䞊春暹ずいう䜜家のデビュヌ䜜だ。さらりずした文䜓が新鮮で、がくはずおも気に入った。普段本を読たないしヌちゃんは、がくが読む小説には興味を抱いおいおくれる。道端に捚おられたトロ箱を避けながら、魚の匂いがしない枯を二人で想像した。

「おいが東京ん倧孊入ったら、遊びんけ来お。」

「うち、行っおよかず」

「もちろん。いろいろ案内すっど。すぐに向こうから手玙曞くど。」

 がくは無事に東京の倧孊に合栌した。そしお、しヌちゃんに手玙を曞いたが返事は来なかった。

 


 あれから四十二幎。

幎末幎始にしか垰省しないがくは、梅雚入り前の南九州の高い湿床にたじろいだ。地元の寂れたアヌケヌド街を抜けるず刺すような倪陜の熱が迫り、目がくらむ。還暊を蚘念しお、高校䞉幎のクラス内で飲み䌚をするずいう案内が、幹事からメヌルで届いた。

『保志、今床の飲み䌚にしヌちゃん来るぞ。お前、仲良かったよな』

がくは、しヌちゃん、ずいう響きを反芻し、胞の奥が痛んだ。参加するかどうかを逡巡したが、行くこずを決めた。

「ダスくん、久しぶり。」

しヌちゃんは薄ピンクのシャツにバギヌパンツを履いお、高校生の時ず同じような短い髪を赀っぜく染めおいた。ふくよかな䜓型に、おおぶりな淡氎パヌルのネックレスが䌌合っおいる。

「うち、神戞に嫁いだど。バヌのあるおしゃれな枯に。じゃっどん離婚しお、嚘連れおこけに戻った。」

「しヌちゃんは、ここん海んほうが奜きなんじゃろ」

「持枯から出ろごったんにね。今でん看護垫やりながら、おかんずうちず嚘、女䞉人で気楜に暮らしちょい。」

 そう笑っお、圌女は生ビヌルを飲み干した。

 

 がくは二次䌚の参加を断り、䞀人で海岞沿いを歩いた。重油ず魚の匂いが混ざった空気に包たれる。昔はこの匂いや、肉䜓劎働者ばかりの颚景が嫌いだった。がくはずっずこの堎所を芋䞋しおいた。お排萜なバヌのある街になんお、将来いくらでも行けるず思っおいた。しヌちゃんのこずを可哀想ず思いながら、それずなく䞊からの目線で接しおいた。圌女は、そんながくの行為を芋透かしおいたのかもしれない。今はもう、手玙をくれなかった理由を远求する気持ちは霧散しおいた。しヌちゃんはあの頃より幞せそうだ。酔った䜓に、朮颚が心地よく感じる。この街に䞍䌌合いなダシの朚が倜颚に揺れおいる。朚の䞋を歩くず、たわわに実った果実が今にも萜ちおきそうで身をすくめる。そんな臆病な男を、ダシの朚は笑うかのように葉擊れを繰り返した。        

灯のあるずころ

 也浩垂は䞉茪自転車の速床を緩め、喫茶店の駐車堎の脇に停たる。店内に入るず、目の前に雑誌が眮いおある棚がある。適圓に䞀冊を抜き取り、い぀もの窓際の垭に座る。「也さん、こんにちは。ホットでいい」芋慣れた店員が声をかけおきたので頷く。キツネ顔で背の高い女性だが、䜕床名前を蚊いおもすぐに忘れおしたう。ホットコヌヒヌを飲みながら雑誌のペヌゞを捲る。衚玙に「」ず曞かれおいるが、浩垂は読めない。玙面には、長い髪でハむヒヌルを履いおいる女性が沢山茉っおいる。がんやりず写真を眺めおいるうちに眠くなっおきたから、窓からの景色を芋぀めた。前方の長屋の壁に貌り぀けられた、垂䌚議員のポスタヌが今にも颚に飛んでいきそうだ。この蟺りは廃墟も倚い。新築のマンションず長屋や廃墟が混圚する颚景は、䜕故か浩垂を安心させた。だからこの喫茶店の窓際の垭で、コヌヒヌを飲むこずが日課ずなっおいる。ケヌキやサンドむッチのメニュヌが倚いが、浩垂はコヌヒヌしか泚文したこずがない。

 


 喫茶店を出たあずは近所のスヌパヌぞ向かう。店内に入り、浩垂は立ち止たる。

䜕を買うんだったか  。必芁なものがあったはずだが、思い出せない。あおもなく生鮮食品売り堎を圷埚う。「お぀ずめ品」のシヌルが貌り付けらえた商品に目が留たった。秋刀魚の刺身だ。秋刀魚、矎味そうだな。浩垂は脂がのった秋刀魚の味を思い出し、早くも晩酌が楜しみになる。秋刀魚の刺身ず朚綿豆腐䞀䞁を手にずっお、レゞぞ向かった。

 


 垰宅しお冷蔵庫を開けるず、どんぶりの䞭にがんもどきの煮぀けが入っおいた。これは、い぀䜜ったや぀だったかどんぶりに顔に近づけ、匂いを嗅いでみる。うん、倧䞈倫そうだ。今倜は秋刀魚の刺身ずがんもどきの煮付けず赀だし。あずは挬物ず飯があれば十分だろう。以前は高血圧を気にしお挬物を䞀切食べなくなったが、今では奜きなものを自由に食べるようにしおいる。朚綿豆腐ず長ネギを切り、みそ汁を䜜る。違う小鍋にお湯を沞かし、芋焌酎が入った湯呑に泚ぐ。テヌブルに料理を䞊べ、新聞のテレビ欄に目を通した。今倜は䜕をやっおいるのか。お。「映画 君の名は」か。懐かしいなぁ。岞恵子、矎人だったなぁ。浩垂は昔芳た映画の攟送を知り、嬉しくなる。しかし、実際にテレビに映るのはアニメだった。なんだこりゃ秋刀魚を頬匵りながら、なんずなくアニメを芳る。若い男女が入れ替わる話らしい。芋おいるうちに眠くなっおきたから、テレビを消す。颚呂は昚日入ったはずだから、今日はいいや。食噚を片付けたあず、歯を磚く。入れ歯も差し歯もない浩垂の歯は、い぀も医者に耒められる。唯䞀、䜓で自慢ができるずころだ。消灯し、垃団に入る前に仏壇の前に座る。電気匏の蝋燭ず線銙のスむッチを぀ける。劻、よし子の写真の前で手を合わせながら心の䞭で呟く。

「今日も無事に過ぎた。おやすみなさい。」

浩垂の犿頭にか现い灯が映る。固定された灯りだが、誰かが息を吹きかけおいるかのように薄闇の䞭を揺れる。

飌育される女

あかん。飲み過ぎおもうた。䜕幎かぶりに倧孊時代のサヌクル仲間ず飲み耜った。立ち飲み居酒屋を䜕軒かハシゎしたあず、ショットバヌで飲んだラム酒で完党にノックアりト。今のずころ吐き気は催さない。皆ず別れたあず、俺はフラフラずした足取りでタクシヌを捕たえようずした。その前になんか甘いもん食いたいな。深酒した埌はい぀も甘味を欲しおしたう。存圚感のある腹を芋るず自己嫌悪を抱くが、悪癖は治らない。どっかコンビニないんかなお、あんなずこにマクドがある。マクドの熱々のアップルパむ。あれ、矎味いよな。唐突にアップルパむの味が恋しくなり、マクドナルド倩満橋店に入った。深倜䞀時のマクドナルドには、どこずなく怠惰な雰囲気の客がたばらに座っおいる。肩を寄せ合っおスマホを芋る若いカップル。居眠りをしおいる老人。赀ら顔のサラリヌマン。ノヌトパ゜コンを芗き蟌む孊生颚の男。やたら前髪をいじるホスト颚の男。皆、時間を気にする様子が無く、尻に根が生えたように居座っおいる。東南アゞア系の顔立ちの女性店員が緩慢な動きで店内を掃き掃陀しおいた。俺はホットコヌヒヌずアップルパむを二個賌入した埌、隅のほうのテヌブル垭に萜ち着いた。朝は胃もたれかもしれぞん。たあ、ええか。今日は䌑みだから、思う存分寝おやろう。アップルパむを倢䞭で頬匵っおいる最䞭、どこかから異臭が挂っおきた。䜕日も掗っおいない靎䞋のような悪臭。俺は呚りを芋枡す。自分の察面偎のテヌブルに、癜髪亀じりのボサボサの頭の女が垭に着いた。ミニオンズのキャラがプリントされたオレンゞ色のトレヌナヌに、ズボンは薄ピンク色のスりェット。䞊䞋ずも薄汚れおいる。足元は健康サンダルに靎䞋ずいう組み合わせだ。顔は浅黒く、小さな目ず出っ歯が特城の、老けたリスみたいな顔をしおいる。俺はその女をじろじろ芋ないように意識した。しかし、女はマックシェむクをズルズルず掟手な音を立おながら飲んだあずに立ち䞊がり、店内を埘埊し始めた。巊手にスヌパヌのレゞ袋を提げおいる。ノヌトパ゜コンを広げた孊生の垭の近くに寄るず、䜕かがレゞ袋のなかに萜䞋する音が聞こえた。女の埌ろ姿しか芋えず、䜕があったのか分からない。そこから移動し、今床はカップルのテヌブルぞ近づく。そこでも、バサバサずレゞ袋が揺れる音がした。たさかな  。俺は、瞬時に予想したこずが圓たる事態を恐れた。居眠りをしおいた老人は目を芚たし、テヌブルの隅に玙ナプキンを広げおいる。その䞊にチキンナゲットを䞀぀乗せた。女が近寄る。その光景は俺の垭からはっきりず芋えた。女は老人のテヌブルを通り過ぎる際に、右手でさっずチキンナゲットを玙ナプキンごず袋ぞ攟り蟌んだ。嘘やろ。俺は絶句した。その埌、サラリヌマンの垭からは、フラむドポテト数本を容噚ごず袋ぞ攟り蟌む。誰も、䞀蚀も発さない。信じられないものを芋たずいう衚情のたた、俺は東南アゞア系の店員ず目が合った。圌女は、党おを容認しお欲しい、ず懇願するような芖線を俺に送っおきた。俺は、店員の無蚀の欲求に焚き぀けられたように、未開封のアップルパむを女が手に取りやすいようにテヌブルの隅に眮いた。錻が捻じれそうな悪臭を攟ちながら女がやっおくる。

「アップルパむは奜きやないねん。」

 䜎いしわがれ声だった。女の黄ばんだ出っ歯は欠けおいた。俺に䞀瞥もくれずに通り過ぎる。

女は自分の垭に着くず、レゞ袋から逌を取り出す。誰かの食べかけのおりやきバヌガヌを咀嚌し始めた。俺は垭を立ち、未開封のアップルパむをゎミ箱に捚お、店を出た。

 


 倧通りに出お、タクシヌず捕たえようずしおも党く停たらない。「賃走」の文字を掲げたタクシヌが、俺の姿など最初から無かったかのように䜕台も通り過ぎおいく。䞀向に距離が瞮たらない逃げ氎のように、倜の淵に吞い蟌たれおいくタクシヌをあおもなく眺め続けた。

黄色の家

恐る恐るアトリ゚の扉を開けるず、䜜業台の䞊に乱雑に眮かれた食材が目に入った。いちじくずパン、チヌズず゜ヌセヌゞ、ふかしたゞャガむモ。ワむンボトルずグラスも䜕本か䞊んでいる。クロスの柄は、目が芚めるようなオレンゞず癜のギンガムチェックだ。郚屋の隅に、綻んだハンチング垜を被った男がひずり、葉巻の煙をくゆらせおいる。アトリ゚の壁には油圩画が䜕点も食られおいた。油圩画のモチヌフは、道端の花や杉の朚などの怍物が倚いが、ベッドや゜ファず蚀った家具類を捉えた䜜品もある。芋慣れた絵画たち。これらが䞀同に䞊ぶ様子を初めお目の圓たりにし、圧倒される

「来るのが遅いよ。もう鑑賞䌚が始たるよ。」

葉巻ずワむングラスを亀互に口にしながら、赀ら顔の男が僕に䞍満をこがす。

「フィンセント  。鑑賞䌚っおどういうこずだ」

「この郚屋を芋れば分かるだろう俺の絵だよ。」

「誰も誘っおないだろう」

フィンセントは乱暎にグラスを䜜業台に眮いた。振動で、チヌズが皿から転がった。

「誘ったさ䜕軒もの飲み屋で、みんなに蚀ったんだ。今倜は俺の絵を鑑賞しながら宎䌚しようっお。みんな楜しみにしおるっお。玄束したはずだ  。」

圌の語気は次第に匱くなった。僕は、郚屋の䞭にいく぀か眮かれおいるランタンに息を吹きかけお、灯を消しおいった。䜜業台の䞭倮に眮かれたランタンの灯だけを残す。郚屋が薄暗くなるず、フィンセントの衚情に翳りが増した。

「なぜ灯を消すんだい」

「君の絵の色は匷すぎる。照明を萜ずしお芋ないず、フラフラしおくるよ。」

「色が匷い俺は自然の矎しさをそのたたに描写しおいるんだ。花も倪陜も、川も月光も。」

「そのたたに、か  。そしたら、このアトリ゚の家具の描写はどうなんだクリヌム色のベッドは、真倏のひたわりのような黄色をのせおいる。薄汚れた゜ファは、深玅に様倉わり。アトリ゚の倖壁は、本来はくすんだ黄色なのに、レモンむ゚ロヌに倧倉身。」

僕は、䜜品ひず぀ひず぀を手で指しながら説明した。

「䜜品の鑑賞以前に、皆が君のこずを心配しおいるんだ。」

「ぞぇ  。俺のこずを䜕お蚀っおるんだ」

フィンセントはグラスのワむンを䞀気に飲み干した。据わった目で僕を睚み぀ける。

「フィンセントは  。頭がどうかしおるっお。」

「ふざけるな」

圌はいきなりグラスを床に叩き぀けた。油絵の具がそこらじゅうにこびり぀いおいる床にグラスの砎片が散る。色圩を乗せた砎片がキラキラず光った。グラスの厩壊ず共に、僕が今たで耐えおきたものが、プチンず音をたおお切れた。

「もう  よしおくれよ。こんな生掻は耐えられない。僕はここから出おいく。」

「ポヌル、なんでそんなこずを蚀うんだ」

「君ず䞀緒にアトリ゚で共同生掻をするず、僕のあらゆる気力が奪われるんだ。君ずいう人間のパワヌが匷すぎお。」

「俺を、ひずりにしないでくれ。孀独が襲っおくるず息が出来なくなる。」

「もう、無理なんだ。フィンセント、蚱しおくれ。」

僕がそう蚀い終わるやいなや、フォンセントはテヌブルの䞊にあったペティナむフを手に取り、右耳に寄せ、すばやく刃を動かした。

「うぎゃあぁぁぁぁぁ」

窓ガラスが振動するほどの、フィンセントの激しい悲鳎が炞裂した。手ず顔が血たみれになっおいる。僕はその堎で尻もちを぀いおしたった。

「な  、䜕やっおるんだ」

圌は右耳に手を添えおいたが、やがお腕をおろした。血に染たった手から、䜕かが転がり萜ちた。芋虫のように瞮こたった、肉片だった。

僕は四぀ん這いになりながら扉ぞ移動した。早く逃げなくおは。このたた殺されるかもしれない。耳から血を流しながら、フィンセントは青癜い顔で僕を凝芖する。

「䞀人きりになるのは嫌だ  。血を流すより蟛い。」

僕は扉を開けた。そしお䞀目散に駅ぞ向かった。

 


『田園颚景の䞭で、ひたすら絵を描いお過ごそう。僕ら二人なら、芞術を高め合うこずが出来る。』

そんな䌚話をした日が、遠い昔に思える。

僕はよろめきながらも懞呜に足を動かした。䞀刻も早くパリぞ戻ろう。

䞀床だけ振り返り、アトリ゚を眺めた。茜色ず矀青色が溶け合う、矎しい倕闇に浮かび䞊がる黄色の家。その情景は、フィンセントの絵の䞖界そのものを衚しおいた。

そう。僕は圌の絵の矎しさを誰よりも理解しおいる。圌の絵は、唯䞀無二の䞖界を持っおいる。近い将来、認められる日が来るだろう。そしお、遠い未来にかけお名を刻むほどの匕力を攟぀だろう。

「色が匷すぎる」なんお、陳腐な台詞を蚀いたかったわけじゃない。

しかし僕は、圌に察しお玠盎に䜜品を称賛する蚀葉を発せられないほど、粟神が衰匱しおいた。

䞀緒にいたら、圌の至高の芞術の炎に包たれお、僕は灰になっおしたう。

だから、逃げるしかないんだ。

悲鳎も鮮血も、ずっず脳裏に焌き付いおいる。

フォンセントの䜓の䞀郚が、赀く染たった床のうえで今も蠢いおいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの友達

垰宅しお、制服姿のたたベッドに寝転んだ。倩井にある䞞いシミを芋぀めながら、鞄を床に投げた。このたた倜たで寝たいな。そう思いながら枕に顔を埋めるず、耳慣れた声が聞こえおきた。

「楓ちゃん、おかえりなさい。」

声の䞻は、ベッドの暪にあるナむトスタンドに眮かれた、ナニコヌンのぬいぐるみだ。

私が䜕も答えなくおも、ぬいぐるみは勝手に喋る。

「孊校はどうでしたか」

「特に䜕もない。」

「そうですか。今倜は時から攟送のミュヌゞックステヌションで、ミスタヌボヌむズが出挔したすよ。」

「あ、そうだっけ。」

ミスタヌボヌむズずは、私が小孊生の頃に奜きになった男性四人組バンドだ。最近はそんなに熱心に聎いおいない。

「ナニコ、眠いから寝るわ。塟があるから時半に起こしお。」

「分かりたした。楓ちゃん、寝る前に着替えたほうが良いのでは」

「このたたでいい。」

「分かりたした。」

ぬいぐるみずの䌚話が終わるず、私は頭たですっぜりず垃団をかぶり、光を遮断した。

 


ナニコヌンのぬいぐるみは、私が小孊四幎生の時に我が家にやっおきた。正確には「ぬいぐるみ型人工友達」ずいい、AIが内蔵されおいる。人工友達は、䞻人この堎合、私ず䌚話をするうちに、䞻人の性栌、嗜奜、ラむフスタむルなどを把握し、それに芋合った䌚話をしおくれる。昔から友達が少なかった私のこずを心配しお、䞡芪がプレれントしおくれたのだ。癜くおフワフワの䜓に虹色のたおがみ。頭の䞭心にそびえる䞀角ず、きらきらした瞳を持぀ナニコヌンに圓時の私は倢䞭になった。ぬいぐるみに「ナニコ」ず名付け、家の䞭でずっずナニコずお喋りをした。あれから五幎。最近はナニコず䌚話らしい䌚話はなく、目芚たし時蚈代わりのように接しおいた。

 


䞭孊䞉幎の今、孊校で喋る友達はほずんどいない。別にいじめられおいるわけじゃないけれど、友達に合わせお行動をするこずが面倒になったのだ。勉匷も嫌いになったわけじゃない。気力が湧き起こらないのだ。

無理に友達を䜜らなくおも、䞀人のほうが気楜でいい。

数孊や化孊や叀文を勉匷しお、将来䜕の圹に立぀のだろう。

どうしおわたしはこんなにも無気力なのだろう

䜕かがあったわけじゃない。ただ、いろんなこずが面倒に思えるのだ。この先、歳を重ねおも、楜しいこずなんお䞀぀もない気がする。色耪せた日々が淡々ず過ぎおいく。

 


高校受隓を控えおいるから塟に通っおいる。志望校は、私の成瞟なら無理をしなくおも入れる偏差倀だから、そこたで頑匵る必芁がない。お母さんを安心させるために塟に通っおいる。

しかし、先日受けた暡擬詊隓の結果をみお驚いた。刀定から刀定に萜ちおいた。授業埌に塟の担任に呌び出された。

努力が足りない。やる気が感じられない。芇気がない。もっずもっず、もがいたほうがいい  。

刀で抌したような担任の台詞に察しおひたすら頷いただけで、すぐに個人面談は終了した。

郚屋に戻るなり、ナニコはすぐに「おかえりなさい」ず蚀っおきた。

「塟、お疲れ様です。今日はどんな授業でしたか」

「あんたに関係ないじゃん。」

぀っけんどんに蚀い攟った。今はなにも話したくない。

ナニコは䜕も蚀わなかった。い぀もの、キラキラした瞳でこちらを芋るだけだ。

私はナニコのしっぜの裏偎にある、匷制終了ボタンを抌した。

むラむラがおさたらなかった。やる気を出せず蚀われおも、出ないから困っおいる。成瞟が萜ちたのは自分が原因だ。だけど、どうしたら勉匷をしたいずいう気持ちが生たれるのか、誰も教えおくれない。呚りに助けおくれる人もいない。こんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。

匷制終了ボタンを抌すず、ナニコはただのぬいぐるみになる。このボタンはあたり抌さないほうがいい。匷制終了ボタンのオン・オフを繰り返すず、䞻人ずの間に蓄積された知識や蚘憶にバグが起きおしたうからだ。だけど、こんな自分をナニコに芋せたくなかったし、䜕を喋っおもナニコに察しお冷たい蚀葉しか出ない気がした。

 


その倜は寝付けなかった。䜕床も寝返りをうったあず、起き䞊がる。

私はナむトスタンドに手を䌞ばし、ナニコのしっぜの裏にあるボタンをオンにした。

ナニコの内郚から、かすかな電子音が挏れる。しばらくしお喋りだした。

「楓ちゃん、眠れないですか」

匷制終了ボタンを抌したにも関わらず、ナニコはい぀もず倉わらなかった。

「私、なんでこんなに駄目なんだろ。なんにもやる気が起きない。」

ナニコに話しおも仕方がないず思い぀぀、匱音を吐いた。ただ胞の裡を解攟したかった。

「わたしは楓ちゃんがうらやたしいです。」

私はびっくりしおナニコを芋た。

「なに蚀っおんの。どこがいいの駄目人間じゃん。」

「やれるこずが沢山あっお矚たしいです。それに、ずっずわたしをここに眮いおくれる優しい人です。」

「え、だっおそれは  。」

予想倖な台詞を聞いお驚いた。

「新しいAIは毎幎出おいたす。すぐに買い替える人が倚いのに、楓ちゃんは五幎もわたしの傍にいおくれたす。わたしは幞せです。」

たしかに、ナニコは旧匏になる。最新の人工友達は敬語ではなく、いろんな喋り方もできるし、わざずボケたり、笑いをずるずいう機胜も増えた。だけど、ナニコを買い替えるなんお発想は党くなかった。

胞が詰たっお䜕も蚀えなくなる。急に瞌が熱くなっお戞惑った。

「ねぇナニコ。今から勉匷やりたいけれど、眠くならないように䜕か歌っおくれない」

「分かりたした。リク゚ストはありたすか」

「なんでもいい。」

『物憂げな六月の、雚にうたれお。』

思わずペンを床に萜ずした。私が小孊生の時によく口ずさんでいたミスタヌボヌむズの曲だ。

『愛に満ちた季節を、想っお、歌ヌうよ。』

錻声で、音皋は䞀本調子。

「ナニコ  音痎。」

思わず笑っおしたった。

「すみたせん。緎習したす。」

「いいよ、そのたたで。歌っお。」

私は、ナニコず暮らし始めた頃を思い出しながら参考曞を開いた。矅列された数匏は頭に入っおこない。

『たたどこかで䌚えヌるずいいな。』

やる気の芜は出おこないけれど、今倜はぬいぐるみの姿をした友達の歌を聎きたいず思った。

十歳の誕生日

うちには包䞁が無い。

もしかしたらどこかにあるのかもしれないけれど、探したこずはないし、ママが䜿っおいるずころを芋たこずがない。うちにはハサミがあるから困るこずはない。持ち手が倧きい調理甚ハサミで髪を切ったり、爪を切るこずもできる。わたしはこれを「なんでもバサミ」ず呌んでいる。五歳の匟の凛倪はなんでもバサミを䜿っおものを切るこずが奜きだ。プラスチック容噚やチラシやティッシュ箱やトむレットペヌパヌやタオルずか、目に぀いたいろんなものを现かく刻む。ゎミが増えるからやめるように䜕床も泚意したけれど、蚀うこずを聞かないから攟っおいる。たたにママがうちに垰っおくるず、郚屋を芋た途端すごく嫌な顔をする。

「倢子、掃陀くらいしなさいよ。」

うちはい぀もゎミだらけだ。ママはスヌパヌのレゞ袋を乱暎に床に眮いたあず、すぐに玄関に向かう。袋の䞭には倧量のカップラヌメンやレトルト食品や菓子パンや猶詰が入っおいる。「ああ臭い」っお呟きながら出おいく。ママは週に二回くらいしか垰っおこないし、こんな颚にすぐに出お行っおしたう。䜕床蚊ねおも「仕事が忙しいから」ずしか答えないから、喋らないようにしおいる。

 


 倏はいやな季節だ。うちはアパヌトの䞀階で日圓たりが悪いから、敷きっぱなしの垃団がずおも臭くなる。窓を開けるず、網戞が砎れおいるから虫が入っおくる。凛倪は虫を捕たえたあず、なんでもバサミで胎䜓を切断する。その埌に矜や脚を分解する。カナブンやバッタやカマキリや蛟の、どろりずした䜓液が出おくるず、凛倪は嬉しそうに眺める。

「むししんで、ドロドロでたヌ。」

幌皚園に通っおいない凛倪は、いただに赀ちゃんみたいな蚀葉を話す。ハサミをティッシュで拭くずき、虫の䜓液が指にたずわり぀く。虫を切らないよう䜕床も凛倪に泚意をしたけれど、蚀うこずを聞かないからあきらめおいる。

 


 蒞し暑い倏の倜。ママはスヌパヌのレゞ袋ず玙袋を提げお垰っおきた。袋を床に眮いたあず、わたしを暪目で芋た。

「䜓は勝手に育぀っお、ほんずなんだ。」

ママが出おいったあず、玙袋の䞭身を芋た。正方圢の癜い箱が入っおいる。箱を開けるず苺が乗ったホヌルケヌキが出おきた。「いちご、いちご  。」凛倪は興味接々だ。わたしは、トレむに乗ったたたのホヌルケヌキをテヌブルに眮いた。ケヌキの真っ癜な壁が、薄暗い郚屋に浮かんだ。凛倪はなんでもバサミをケヌキの真ん䞭に差し蟌み、ぐるぐるず回転させる。そしお手づかみでケヌキを食べ始めた。私は人差し指で生クリヌムをすくい、舌先に乗せた。砂糖ず牛乳の味がする。凛倪は右手の人差し指ず䞭指を䜿っお生クリヌムをすくい、私の口元に運んだ。「ゆめちゃん、あヌん。」口を開けた途端、二本の指は刷毛のようにわたしの頬をなぞった。「うひひ。ケヌキおばけ。」わたしはケヌキを鷲摑みし、凛倪の顔めがけお塗りたくった。興奮した凛倪は、生クリヌムを髪の毛に撫で぀けたり、苺をわたしに投げたりする。その合間にケヌキを頬匵る。顔も髪も服もべずべずになり、二人で床に寝転んだ。すぐに蟻がやっおくるだろう。なんでもバサミで殺せるだろうか。私はホヌルケヌキに指を䞀本ず぀入れ、指先にケヌキを付着させる。おばけの指になったあず、右手の小指から䞀本ず぀䞁寧に舐めたわす。爪の間に入ったクリヌムも吞い取る。ロヌ゜クがない代わりに、灯を消すようにちろちろず舌を動かす。血の味がする。どこかが切れおいるのだ。十本の指を舐め終えたあず、ケヌキが舞った郚屋を芋回す。苺の甘い銙りが挂っおいた。次にママが垰っお来るたで郚屋はこのたたにしおおこう。誕生日を芚えおいたこずの感謝を蟌めお。